<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss version="2.0">
    <channel>
        <title>クレージュ大好き</title>
        <link>http://www.asabago.com/creaju/</link>
        <description>アンドレ・クレージュが自身の名を冠したブランドがクレージュです</description>
        <language>ja</language>
        <copyright>Copyright 2007</copyright>
        <lastBuildDate>Wed, 21 Nov 2007 12:34:20 +0900</lastBuildDate>
        <generator>http://www.sixapart.com/movabletype/</generator>
        <docs>http://www.rssboard.org/rss-specification</docs>
        
        <item>
            <title>クレージュのミニスカート</title>
            <description><![CDATA[ミニスカートの発案者はイギリスのデザイナー、マリー・クワントといわれていますが、ハイファッションの世界（オート・クチュール）に取り入れたのは、アンドレ・クレージュです。ただし、クレージュが発表する前から若者文化としてはすでにミニスカートの流れが出始めていました。
<br />

<br />
60年代、イヴ・サンローランととにファッション界を引っ張った。60年代のデザイナーの中でもオートクチュールからプレタポルテへの流れを誰よりも早く察知し、プレタポルテに力をいれた。ともにプレタポルテや新しいことに挑戦しましたが、イヴ・サンローランはオートクチュールに基盤を置きながらもプレタポルテを見ていたイメージで、クレージュは志向性がよりプレタポルテにあったのではないかと思います。
<br />

<br />
61年、パリのクレベール通りにサロンを開設して独立。初コレクションのデザインは造形的で、ミニを基調とした明るいイメージで、かつ動きやすい機能性を持たせたものであった。これが 大当りとなって一躍有名になったが、最初の４シーズンはバレンシアガの影響を強受けたものであった。それ以後はソフトで軽やかな傾向が強まる。
<br />

<br />
64年A/W、「パンタロンルック」を発表、イヴニングドレスとしてパンタロンを提案し、スポーティで機能的な傾向を強調した。「パンタロンルック」は63年にも提案していたが本格的に話題になったのはこの年。65年に「ミニ・ルック」とよばれるミニ・スカートを発表。このミニ・ルックは、それまでオート・クチュールでは表現されず最も醜い身体部分とされてきた膝頭を解放した。これは爆発的なブームをよんだ。(詳細は60年代ファッション)
<br />

<br />
65年のミニスカートの爆発的なブームに伴い、粗悪なコピーが氾濫。これに失望したクレージュは3シーズンにわたる活動を休止した。
<br />]]></description>
            <link>http://www.asabago.com/creaju/2007/11/post-1.html</link>
            <guid>http://www.asabago.com/creaju/2007/11/post-1.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">クレージュ</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ミニスカート</category>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">クレージュ</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">ミニスカート</category>
            
            <pubDate>Wed, 21 Nov 2007 12:34:20 +0900</pubDate>
        </item>
        
        <item>
            <title>クレージュとは</title>
            <description><![CDATA[クレージュの設立者のアンドレ・クレージュは南フランス、ナヴァール地方の主要都市ポーに生まれました。
<br />

<br />
当初、バランシアガの影響が色濃く残る作品ばかりであったが、クレージュが独自性を発揮した作品を発表したのは、1961年に行ったコレクションからであり、その作風はミニを基調とした明るく活発なイメージで、動きやすい機能性を持たせたものになっていました。
<br />

<br />
クレージュのデザインは従来のシルエットを強調するがゆえ、着る側に圧迫感を与えるものとは一線を画し、動的な観点から服のデザインを構築していく手法で、肩のラインを重要視し、肩で支えることにより身体と服の間に隙間を作り動きやすさを与えた。また、かかとの低い靴を組み合わせ、それによって下がったシルエットに帽子を加えるなど、常に全体像を視野に入れトータルコーディネイターとしての観点からデザインされた。
<br />

<br />
1967年、オートクチュールに親近感をあたえ、より近づきやすいものとする試みの「クチュール・フュチュール」、後にクレージュの定番アイテムとなる伸縮性に優れた「ボディータイツ」などを発表する。70年にはプレタポルテの「イペルボール」を発表する。
<br />

<br />

<br />
1980年代に入ると長年連れ添ってきた提携企業の「ロレアル社」との関係がもつれ、コレクションから遠ざかりクチュールメゾンの呼称を失い、会社経営権とブランドの権利を他社へ譲り渡してしまったが、90年代に入ると徐々に巻き返しを見せ、権利の取り戻しに成功、香水「2020」などの発表により、第二期クレージュ時代の幕開けに成功したといわれています。
<br />]]></description>
            <link>http://www.asabago.com/creaju/2007/11/post.html</link>
            <guid>http://www.asabago.com/creaju/2007/11/post.html</guid>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">クレージュ</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">ボディータイツ</category>
            
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">クレージュ</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">ボディータイツ</category>
            
                <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#tag">ミニスカート</category>
            
            <pubDate>Tue, 20 Nov 2007 10:44:03 +0900</pubDate>
        </item>
        
    </channel>
</rss>
